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地祇神社(ちぎじんじゃ)

地祇神社

天皇の勅願により天平16年(744)良弁僧正が再び造営し、伽藍を増築、親山寺を取りこみ、息長山普賢教法寺(ソクチョウザン フケンキョウホウジ)と号し、良弁の高弟・実忠和尚を第一世とした」
その後荒廃し(時期不明)、わずかに残った観音堂を以て本堂とし観音寺と改名したという。

明治初めのころは、地主神社と呼ばれていた。
正徳元年(1711)の「山州名跡志」には大御堂(現在の観音寺)の鎮守として、権現大明神と地主権現の二社がみえる。
現在の本殿は三間社の流造で覆い屋のなかにある。この覆屋の石壇に「天文10辛丑年(1541)卯月吉日大西備前守」と刻まれたものがある。
当時、このあたり普賢寺谷の地侍たちは惣氏神の朱智神社や惣氏寺の普賢寺を中心に結束し、大西氏は指導的立場のひとりであった。
元亀4年(1573)将軍足利義昭が槙島城で織田信長に対し挙兵するが敗れ、義昭は普賢寺谷を経て河内若江城へ出奔する。地元の所伝では大西備前守敏元が足利側でこれに参戦し将軍に従い若江城で討死したとされる。




地祇神社

開門時間
住所 京都府京田辺市普賢寺下大門65
旧国郡 山城国綴喜郡上村
御祭神 大国主命
大山祇命
活気長足比売命
アクセス 【電車】
JR学研都市線JR三山木駅から徒歩30分
標高 海抜19m

地祇神社アクセスマップ